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立って、吹くこと

 僕は何か文章を書くことと同じくらい、歩くことを好む。歩いている間は思考が最もシャープになる気がする。最寄駅のひとつ前で降りて、50分の道のりを歩いて帰るという事を週に何回かしているくらいだ(ひと駅にしては遠いでしょう。川を越えるんです)。

 

 今日は一日何も予定がなかったので、前から行きたかったとある店へ行ってみることにした。その店は最寄駅から少し離れていて、30分くらい歩くようだったので、よし、と思った。店へ向かって歩いている途中でふと断片的な記憶が蘇ったので、帰宅した今それを書いてみようとしている。文章にしたらおそらく、本当にちょっとした心の揺らぎにすぎないのだろうけど。

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 今年の春、久しぶりにBlue Noteへジャズを聴きに行った。お目当てはBenny Golsonという86歳のテナーサックス奏者で、いわゆるジャズのスーパースター、巨人の一人である。彼はプレイヤーとしてよりも作曲者としての評価が高い。彼の作る曲は「ゴルソン・ハーモニー」と呼ばれ、その多くが人々から好んで聴かれている。

 

  彼の作った曲の中に、"I Remember Clifford" というものがある。これはトランペットプレイヤーであるClifford Brownが交通事故で夭折したことにショックを受けた彼が書いた、非常に美しい曲だ。その日のライブでも当然、その曲は演奏された。

 

 彼はその曲を演奏する前、とても長い時間をかけてClifford Brownがどのように死んだか、その日彼が何をしていて、どれだけ大きいショックを受けたかについて語った。その話はとても洗練されていて、ドラマティックに語られた、そしてそれは僕も含めた観客の心を揺さぶった。多くの人が泣いていた。彼自身、何度か声を詰まらせていた。

 僕は涙をこらえながら、ふと、彼は何度この話を繰り返したのだろう、と思った。この美しい曲が書かれてから60年、その経験を語り続けるというのはどのような気持ちなのだろう?今日歩きながら、そんな事を考えた刹那を思い出したのだった。

 

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 彼はそのライブにおいて、86歳のジャズ・ジャイアントらしく、多くの事を語った。最後のMCで彼はこんなことを言っていた。

 

「Hank*1と話していたんだが、私たちは死ぬまでホライズンに向かって突き進まなければならない。私は86歳になった。長い人生の中で色々なことをやったよ、給仕係もやったし、トラックの運転手もやった。でも、こうやってステージの上でサックスを吹く方がいくらかマシみたいだ。」

 

 そうして彼は新曲(!) ”Horizon Ahead" を演奏した。彼は1時間のステージの間、しっかりと二本の足で立って、サックスを吹いていた。こうして20そこらの若者に勇気を与えることができるなら、長生きすることも悪くないな、と思った。

 

2016/10/11

*1:Hank Jonesのこと。2010年に91歳で亡くなる直前までステージでピアノを弾き続けた。