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嗅覚を失うこと

(前記事は多方面に誤解を生みそうだったので削除しました。読みたい方は僕のパソコンのデスクトップにありますのでどうぞ)

 

 夏が終わった。

「真夏のピークが去った」と間抜けな顔で歌っている間に、夏そのものが終わってしまったようだ。あまりに早い。このペースだと、一曲歌い終わる間にまた真夏のピークが来るような気すらする。

 

 

 春に生まれた僕はこれで22回目の夏を過ごしたことになるのだが、傍から見ると今年の夏は22回の中で最も穏やかな夏であったように見える。しかし僕にとって今年の夏は一生忘れられない夏になりそうだ。この件については少なくない人に迷惑をかけた。そのことについて文章を書くのは憚られるのだが、自分のために書き残しておきたいと思い、熱い紅茶を飲みながらパソコンを開いている。

 

 事の発端は今はもうハッキリと思い出すことができないのだが(僕は日記を書く習慣がない)、それは4月の終わり頃だったと記憶している。早朝に目覚めるようになったのだ。どうしても朝の5時に目が覚めてしまう。それは遠足の日の朝、あるいは何かの試験がある朝に早く目覚めるような感覚に似ていた。

 そのうち1~2時間おきに目が覚めるようになった。その後再び寝られるかどうかはその日次第で、体力はどんどん落ちていった。微熱が収まらなくなった。

 

 置かれている状況を鑑みるに、原因は明らかだった。就職活動として資格試験(に近いもの)を受ける予定だった私は、それが近づくにつれ極度の緊張のあまり軽い不眠になったのだろうと考えた。いま振り返っても、その時にはそれが事実だったのだろうと考えることができる。眠れないのは問題なので、近所の医者に理由を説明して薬をもらい、再び眠れるようになった。

 

 試験の日程をこなすにつれ、自分の中で何かがおかしいと感じるようになった。なんだか胸のあたりがモヤモヤする。ふとした瞬間に不安感に襲われるようになった。しかし体調が悪くても試験は最後までこなさなければならない。

 全日程が終わり、合格発表まで一か月ほど時間があった。手ごたえがなかった僕は落ちていた場合どのように動くかを考えなければならなかった。毎晩神経がすり減っていく音が聞こえていた。不安感、恐怖感は日を増すごとに強くなった。薬を飲んでも眠れない日が増えた。あと2週間の辛抱だ、あと1週間の…。

 

 

 結果は合格、めでたく僕の進路は希望通りに決定した。スマホで結果を確認した。親から電話がかかってきた。お世話になった方々に連絡を入れ、一人一人に感謝の言葉を述べた。あれ、やっぱり何かがおかしいな。その時の僕には喜びの感情が一切浮かんでこなかった。このために1年以上時間を割いてきたというのに…。

 緩やかに下降線をたどっていた僕の精神状態は、この日を境にしてみるみるうちに悪くなっていった。映画、読書、音楽、その全てを楽しむことができなかった。それらに触れている時も何か違う事を考えていて、心地よいサックスの音、歪んだギターの音は右耳から左耳へと抜けていった。好きな作家の文章は一文字ずつがスタンドアローンな記号だった。映画に至ってはディスクをデッキに入れることすら億劫だった。

 

 すぐに強烈な死のイメージが頭から離れなくなった。どうやら死というよりは消滅を望んでいるようだった。自分の意識を終わらせることだけでなく、人々の記憶からも消え去りたい。生のみすぼらしさに涙が流れることもあった。自然な流れとして見た目に無頓着になった。これについては夏が僕に味方していた。Tシャツに短パンという必要最低限の服装は、夏の街には上手く馴染むことができていた。そんな(ある意味いつも通りの)恰好で僕は何時間も街を歩き、ずっと何かについて考えていた。

 

 色々な文献を読む限り、このような精神状態の人は往々にして朝が最悪の状態であり、夜に向かうにつれて状態が良くなってくるそうだ。僕もまさにそのような状況で、朝起きてから数時間はソファに横になったまま動けない日が続いた。夜気分がよくなって取り付けた約束は、朝が来るとドタキャンしてしまった(この点で多くの人に迷惑をかけた)。夜の自分が普通に振舞っていることもあり、家族は進路が決まったのだから放っておけば回復するだろうと考えているようだった。この状況がもはや就職活動と切り離されていると考えていた僕は、どうやらこの問題は自分だけでなんとか解決する必要がありそうだと考えるようになった。

 

 

 

 ところで、死のイメージに取り憑かれることは、強度は別として、この時が初めての経験ではない。僕の22年の人生の中で最も多感な時期であった小学5年生の時にも似たような経験をしていたことを今朝駅のプラットホームで思い出した(そのことがこの記事を書くきっかけとなっている)。

 その日の僕は戦争の体験記を読んでいた。ショッキングな内容だったが、怖いもの見たさも助力して一日で読んでしまった。「この人たちはなぜ苦しいことしかないのに死んでしまわなかったのだろう?」と不思議に思った。

 あれ?おかしいな。僕の人生はこれと何が違うのだっけ?僕は近い将来いい仕事に就くためにいい学校に入ろうと苦しい思いをするだろう。そして将来のために苦しい思いをしてお金を稼ぐのだろう(みんなそう言っている)。そしてきっと子どもを産んで、苦労して育てて、僕は死ぬ。そしてその子供は…あれ????

(神は死んでしまったのだ)

 

 その時の僕もしばらく夜眠れない日が続いた。そしてある日、ついになにかが壊れてしまった。家族と行ったバーミヤンでラーメンを食べていたその時、「食べる」というただ生を繋ぐための行為に夢中になっている自分が急に情けなくなって、涙が止まらなくなった。(余談だが、小学生の頃の僕は丸々と太っていた。)

 その時の僕はどのように立ち直ったのか、はっきりと覚えていない。心配した母親が買ってきた絵本(漫画だったか?)を何度も繰り返し読んでいたと思う。とにかく、この衝撃的な体験以来、僕は生に対する違和感をぼんやりと持ち続けている。中学に入学してからは新たな環境に慣れるのに夢中でほとんど考えることもなかったが、高校に入学するとその違和感は少し大きくなったような気がする。

 

 

 22歳の夏にいる僕は、この精神状態から何とかして自分を救わなければならなかった。自分の中で何が問題となっているのかについてノートとペンを使ってじっくりと考えた。次第に身体的なコンプレックスや親に対して感じていた違和感、社会に対する不安など、本当に様々な問題が出てきた。これらを一つずつ解消していくことが必要だと考え、その作業に取り掛かった。それについて詳しく書く気はない。しかしそれはとてもストレスのかかる作業で、そのストレスからか僕は嗅覚がほとんどなくなってしまった。この頃には数日に一度動ける朝もあった。

 ひとつ、またひとつと自分を救う作業を行っている間に、真夏のピークが去り、そして夏自体が去っていった。この記事を書いている時点で、僕は殆ど今までの僕に戻ったのではないかと感じている。睡眠も薬に頼らずにとれるようになってきた。この睡眠を取り戻す作業もなかなか辛いものであったのだけど。

 

 

 こんな感じで僕の学生最後の夏は終わった。この夏を通じて何かが変わったか?ノーだ。変わったことはもう使わないだろう机の上の睡眠薬の山と、使い物にならなくなった鼻くらいのものだ。

 精神的に強くなったのではないか?ノーだ。このひと夏の話は、精神の弱い僕がたやすく潰れてゆっくりと元の形に戻っただけの話に過ぎない。

 

 

  今回はたまたま早い段階で引き返すことができたのだ、という思いもないことはない。強烈な死のイメージは僕から去って行ったが、生に対する違和感はいつだって僕の中に残っている。またある時そいつがやってきて、僕がポンと弾けてしまうような、そんな予感もする。

 

 でもまあとにかく、今回も僕は立ち直ることができたようだ。夏は終わった。隣の家の庭には金木犀が咲いている。使い物にならなくなった鼻のせいでその香りが分からないことを残念に思っている、その事実に救われている。

 

 

2016/10/01

 

追記:本当はこの夏に考えたいろいろな事を記事にして共有できたら良かったと思う。しかし僕には自分の考えを上手くまとめる能力がないので、それをすることができない。