ハロー・グッドバイ

 昨日出た熱は一晩寝たらすっかり下がってしまった。まだ体調は万全ではないが、たまには荒療治も必要だ!と思い、スタジャンを着て強引に外へ出た。冬の夜は曇った日ほど暖かい。同級生がバイトしているコンビニでホットコーヒーを買い、近くの神社のベンチに座ってそれを飲んだ。イヤホンから聞こえるのはセロニアス・モンクの(I love you, I love you, I love you) Sweetheart of All My Dreamsだ。最近買ったCDに収録されているこの曲は武骨な美しさを持っている。それはいつか見た映画の、エイリアンになってしまった主人公が恋人に送った、鉄くずでできた薔薇の花を連想させる。

 

 そもそもなぜ風邪をひいてしまったのかというと、気温0度の屋外で裸になってぼうっとしていたからに他ならない。言い換えれば、箱根の温泉に行ってきたからだ。今思えば露天風呂があるとはいえ、冬の寒空の下で長時間ぼうっとするのはあまり褒められることではなかった。

 10代後半から徐々に温泉狂になりつつあるが、箱根の温泉はとてもお気に入りだ。無色透明で、なんだか質実剛健という感じがする。例えるならばメルセデス・ベンツ。と言いたいところだが、一泊5000円から泊まれるような間口の広さも持っているので、フォルクスワーゲンというところか。

 

 閑話休題。突然ではあるが、先日、高校の頃からお付き合いしていた彼女に振られてしまった。年末だったか年始だったか覚えていない(手帳を開けば済む話だけど)。唐突に、と言いたいところだけどひと月くらいはどこか余所余所しくて、心の片隅で覚悟を決めていた。奇しくも一昨日が4年目となる節目の日だった。とはいえ、来週もデートの予定があり来月には旅行の予定もあり、なんだかトリッキーな状況になっている。どこかで状況を楽観視している自分もいて、なんだかなあ、という気持ちになる。

 

 先日読んでいた中島らものエッセイで、彼はこんなことを言っていた。

来るべきその終楽章(カデンツァ)は、ふたつの和音のうちどちらかひとつの形態を必ずひとつ選ぶ。つまり、「生き別れ」か「死に別れ」である。このことは、時代が変わり、人が変わるたびにさまざまな表現で言いあらわされるけど、本質はすべて同じことである。「生者必滅、会者定離」「会うは別れの始めなり」「君よ杯受けとくれ、どうぞなみなみつがせておくれ、花に嵐のたとえもあるぞ、サヨナラだけが人生」なのだ。

 これを読んでいて思ったのは、人と恋に落ちるという事は互いに「生き別れ」という選択肢のない世界を二人でせっせと作り上げる事ではないだろうか、という事だ。もちろんそれはとても大きな概念で、一言で表現できようはずもない。あくまで一つの側面、群盲象を評す、である。

 

 そう考えると「死ぬまで一緒」などとSNSのプロフィール欄で嘯くヤンキーの中高生はもっとも純粋かつシンプルな形で恋を表現していることになる。かの夏目漱石といい勝負をしているではないか。

 もしかしたら、何度も別れたりよりを戻したりを繰り返しているカップルもこれで説明がつくかもしれない。彼らは「生き別れ」という概念を共同幻想に持ち込んでしまったのだ。一度でも存在を共有してしまったら完全には消し去れない(限りなく薄めることはできるだろうけど)。

 

 

 言葉は偉大だ。人間が言葉を持っているのか、言葉が人間を人間たらしめているのかは分からない。しかし、言葉を綴ることで自分の中の澱を浄化できているのは確かだ。言葉がなければ、ある日突然感情が爆発して、電車で隣に座るお兄さんを殴ることになるだろう。それどころか、言葉がなければ電車は存在しないのだ。「本は人類のセーブポイント」とはよく言ったものである。言葉があるおかげで電車は走るし、僕はお兄さんの代わりにキーボードを殴っている。

 考えている事を言葉にした時点でそれは自分の手元を離れ、それらを読む人に委ねられる。言葉にした時点でその生きた思考はストップする。だから、文章を綴ることは自分の考えを供養することなんだろう。そういう意味では、誰かが書いた秘密の日記も本質的に誰かに読まれることを望んでいるのだろうし、ブログだってそうだ。この文章にしたって適当なノートに書き殴ってゴミ箱にポイ、で良かったとは思うのだけど、少しでも社会に開かれているだけ、しっかりと考えを供養できるのじゃないか、と思う次第である。

 

 手厳しいことに、この4年間で彼女が褒めてくれたところは主に二つぐらいのものだった。一つ目は横顔、二つ目は僕の書く文章だ。せっかく彼女が褒めてくれた文章をゴミ箱にポイするのもなんだかあれなので、もう少しまともな場所に置いておけることを嬉しく思う。いい時代だなあ。よりを戻せるといいのだけど。

 

2015/02/04


Thelonious Monk - I Love You (Sweetheart of All My ...